「さっき、わかったって言ったのに」
算数を教えていて、保護者の方から一番よく聞く言葉かもしれません。
場面は、だいたい決まっています。
「10が10個集まると100になるよ」——ここまでは、子どもはちゃんとうなずきます。ブロックを並べても、絵で描いても、通じている。目も合っている。
ところが、そのすぐあとで筆算に入ると、手が止まる。
一の位が10を超えたときに、なぜ十の位に「1」と書くのか。そこがどうしても越えられない。さっきまで「10が10個で100」と言えていた、その子がです。
10年以上、この場面を見てきました。そして毎回、同じことを思います。
この子は、わかっていないのではありません。うなずいたことと、いま求められていることは、見た目よりずっと遠く離れた別の作業なのです。
「私の教え方が悪いのかも」と思う前に
こういうとき、保護者の方がまず疑うのは、自分の説明の仕方です。もっとわかりやすく言えばよかったのか、と。
そこに答える前に、少し遠回りに見えるかもしれませんが、先にお伝えしたいことがあります。
日本語で育つ子どもは、位取りを理解するうえで、世界的にかなり有利な立場にいます。
古典的な研究があります。アメリカ・中国・日本・韓国の小学1年生に、積み木を使って数を作らせたところ、日本・中国・韓国の子どもたちは「10のまとまり+バラ」という構成で数を表しました。一方、英語圏の子どもたちは、バラの積み木を並べて数える傾向が強かったのです。
理由は、数の呼び方にあると考えられています。英語の13は「thirteen」。日本語は「じゅうさん」——十と三、と仕組みがそのまま声に出ています。日本語で育つ子どもは、位取りの構造を、言葉から毎日受け取っているわけです。
つまり、条件はすでに揃っている。そのうえで、止まっている。
だからこれは、説明の言葉を選び直せば越えられる壁ではありません。ましてや、努力や集中力の問題でもありません。壁は、もっと手前の別の場所にあります。
止まっているのは「量」ではなく「単位」
「10が10個で100」——この文が伝えているのは、量の対応です。こっちの量とあっちの量が同じだね、という話。だから、ブロックを見せれば通じます。
ところが繰り上がりが要求しているのは、まったく別の操作です。
10個集まったものを、「10個」ではなく「1個」として数え直す。
これは、算数教育の研究で「ten-for-one(10対1の変換)」と呼ばれてきた考え方です。ある単位の10個ぶんが、1つ上の単位の「1個」と等しくなる。そして逆に、上の単位の1個を、下の単位の10個に戻すこともできる。この行き来ができて、はじめて位取りを理解したことになります。
「10個のものを1つとして見る」ことは、専門用語では「単位化(unitizing)」と言います。1個ずつ数える段階から、まとまりで考える段階へ移る——ここには段差があります。しかも、大人にはその段差が見えません。大人は無意識にまたいでしまっているからです。
大人が「その景色」を体験する方法
日本LD学会の資料に、とてもよくできた思考実験が紹介されています。実際にやってみてください。
この世界から数字が消えて、代わりに「いろはにほへと…」を使うことになったとします。「い」=1、「ろ」=2、「は」=3、…「ぬ」=10。
では、
「に」+「は」=?
を計算してみてください。ただし、数字に置き換えてはいけません。紙に書くのも禁止。頭と指だけで解いてください。
——おそらく、「い、ろ」と数えて、そこから「は、に、ほ」と足していく。全部数え上げるしかなかったはずです。
私たちが「3」と聞いたとき、頭のなかには●●●という量が浮かびます。でも「は」と聞いても、順番が3番目だとわかるだけで、量は浮かんでこない。
指を使って計算している子どもは、私たちにとっての「いろは」のような世界で数を扱っているのかもしれません。
記号としては読めている。順番も言える。でも量が伴っていない。この状態で「10が10個で100」と言われれば、言葉としてはうなずけます。でも繰り上がりは、量の裏づけがないと絶対に越えられない。
研究が示す、まさにその場所
繰り上がりが分岐点であることは、データでも確認されています。
小学3年生を対象にした研究で、算数に困難のある子ども29名と、同年齢の対照群50名に2桁の足し算を解いてもらったところ、繰り上がりのある問題でだけ、反応時間も誤答率も大きく開きました。研究者はこれを、位の情報を処理することの困難が、計算そのものにまで及んでいる証拠だと解釈しています。
さらに、繰り上がりのある計算は、ない計算よりも言語性ワーキングメモリを強く使うことがわかっています。途中の結果を頭のなかに保持したまま、単位を読み替える。二重の負荷がかかる場所なのです。
ここで落ちる子がいるのは、構造的に当然のことです。
「どう見せるか」で結果が変わる
もうひとつ、私たちが教材をつくるうえで決定的だった研究があります。
小学2年生を3つのグループに分け、それぞれ違う教具で数を表現させた実験です。
- まとまりが見えないビーズ
- 位のまとまりだけが見える教具
- まとまりと、その中の「1」の両方が見える教具
結果、子どもの数の表現と位の理解を左右したのは、「位のまとまりが分かれて見えること」でした。まとまりの中の1つひとつまで見えるかどうかは、効いていなかったのです。
そして同じ研究で、位の理解ができていると判定された子の割合は、通常発達の群で79%、算数につまずきのある群では24%でした。

この差を埋めるのは、「もう一度説明する」ことではありません。見せ方を変えることです。
この研究結果は、私たちがかずのおべんきょうをつくるときの設計そのものになりました。1・10・100のまとまりを、はじめから分けて見せる。まとまりの中を細かく見せることよりも、位が分かれていることを優先しています。
くらいの概念は、体感で覚える
ここからが、私たちが現場で一番伝えたいところです。
位の概念は、繰り上がりで終わりません。cm と m、mL と L、そして小数。単位換算と呼ばれるものは、すべて同じ構造の上に立っています。10集まったら、1つ上の呼び名に変わる。それだけのことが、ずっと続いていきます。
だから、繰り上がりでつまずいた子は、3年生でも4年生でも、5年生でも同じ場所でつまずきます。単元が変わっただけで、問われているものは同じだからです。
海外の算数指導ガイドは、単位換算を暗記したルールで教えることの危険をはっきり指摘しています。「メートルからセンチは小数点を右に2つ動かす」と教えると、子どもは単位そのものの大きさに気づかないまま、手続きだけを覚えてしまう。そして、あるところで必ず崩れます。
おうちでできる簡単トレーニング
ステップでは、位の概念は感覚として身につけることが最も大切だと考えています。説明ではなく、体験です。
そのために現場でやっていることを、そのままご紹介します。道具はペットボトルだけです。
ペットボトルを、ちょうど100mLのところで切ります。それを使って、1Lの容器がいっぱいになるまで水を入れていく。何度も、何度も。

10杯で満ちます。1000mL=1L。

このとき子どもが体で受け取っているのは、「呼び名が変わっただけで、水の量は1滴も変わっていない」という事実です。
小数点を動かすのでも、公式を覚えるのでもありません。手が濡れて、目で見て、10杯めでぴったり満ちる。この体験があると、あとで記号の話が入るようになります。逆に、この体験がないまま記号だけを教えると、覚えては忘れることをずっと繰り返すことになります。
具体物から始めて、絵や図を経て、記号へ進む——この順序は「CRA(具体・半具体・抽象)」と呼ばれ、算数につまずきのある子どもへの指導法として、研究上も有効性が確認されているものです。私たちがやっていることは、その一番はじめの段階にあたります。
数字について
算数だけに強い困難がある状態は「算数障害」と呼ばれ、出現率はおよそ5〜7%とされています。読み書きの困難とほぼ同じ割合です。読字障害を併せ持つ子は、算数障害のある子どものうち4〜6割を占めるとされます。
また、ADHDのある子どもは、そうでない子に比べて算数の困難を示すリスクが約2.5倍高いという大規模な調査もあります。
つまり、決してめずらしいことではありません。40人の教室に、必ず何人かいます。ただ、読み書きのつまずきに比べて気づかれにくく、「努力が足りない」で片づけられやすいだけです。

「かずのおべんきょう」をつくりました
以上のことを踏まえて、私たちは小学2年生の繰り上がり・位取りのための学習アプリをつくりました。
- 試験管のような容器に、1・10・100のまとまりが分かれて見える設計
- 10たまったら、上の位へ移動していくアニメーションで両替を見せる
- 概念を見せてから、練習問題に入る(説明→暗記、の順にはしない)
- 同じ種類の問題を数多く用意(一度わかっても忘れます。だから定着まで繰り返せるようにしています)
支援学級・通級・特別支援学校に通うお子さま、学校から長く離れているお子さまのために設計しています。
学習のつまずきは、子どものせいではありません。ほとんどの場合、どこで止まっているかが特定できていないだけです。
「10が10個で100」でうなずいた子が繰り上がりで止まったとき、それは理解していないのではなく、次の段差の前に立っている、というだけのことです。段差の位置さえわかれば、そこに階段をかけられます。
お子さまのつまずきについて、気になることがあればお気軽にご相談ください。
参考にした研究
- Miura, I. T., & Okamoto, Y. (1989). Comparisons of U.S. and Japanese first graders’ cognitive representation of number and understanding of place value. Journal of Educational Psychology, 81(1), 109–113.
- Fuson, K. C. (1990). Conceptual structures for multiunit numbers. Cognition and Instruction, 7(4), 343–403.
- Lambert, K., & Moeller, K. (2019). Place-value computation in children with mathematics difficulties. Journal of Experimental Child Psychology, 178, 214–225.
- Lafay, A., Osana, H. P., & Levin, J. R. (2023). Does conceptual transparency in manipulatives afford place-value understanding in children at risk for mathematics learning disabilities? Learning Disability Quarterly, 46(2), 92–105.
- Bouck, E. C., Satsangi, R., & Park, J. (2018). The concrete–representational–abstract approach for students with learning disabilities: An evidence-based practice synthesis. Remedial and Special Education, 39(4), 211–228.
- 日本LD学会 研究委員会 算数障害ワーキンググループ(2020)「算数障害とはなにか」
- 熊谷恵子・山本ゆう(2018)『通常学級で役立つ算数障害の理解と指導法』学研
不登校・発達障害専門家庭教師ステップ(株式会社ステップ)